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お墓って要るの?
  変わる墓の概念と機能
新しい墓時代
 
死後の世界ってあるの? 現代のお墓事情。将来お墓はどうなる?
死後世界が「あるのか」「ないのか」、誰にも分かりません。何故ならば、「死んだ人がこの世に戻った」という実績がなく、確かめようがないからです。
そうはいっても、「人」という生き物は弱いものですから、もし「死」の瞬間から全てが「無」に帰すると考えたら、「気が狂いそう」になるでしょう。
そこで過去の賢人たちは、様々な方策を考えたと思います。「天国と地獄」、「極楽と地獄」等々、いろいろな「仮想社会」を構想し、庶民に提案して来ました。
生きているときは「幸せにくらし」「善行を積み」、そして死後は「神に召され神の世界に幸福を求める」、又は「極楽浄土という世界で幸せを得る」…といったシナリオを描いたのでしょう。
その教訓を忠実に実践する手段として、「先祖供養や先祖祭り」、そして「お墓」を大切にするという形で努力しつづけて来ました。
それはそれとして、私自身は次のように考えます。ここから「お墓が要るのか、要らないのか」という議論をはじめてみましょう。
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(1) お墓って要るの?
あなたは「墓」が必要だと思いますか。それとも「いらない」と考えますか。
「必要」と思った方々へ
何故、いるのでしょう。
お墓がなければ、何か困ることがあると思いますか?
「不必要」と考える方へ
お墓がなくても本当に大丈夫ですか?
いらない…と考えた根拠は何でしょう。
このサイトは、以上の疑問や考え方に結論を出す「ヒント」や「資料」を提供します。 最後はあなたが信念をもって決めなければなりません。当然のことですが…… 。
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(2) そもそも「墓」って何だろう?
  墓の役割は、大きく分けて二つあります。
 
その1 「ヒト」という動物が、生を終えた後の「物理的」な物を処理する「場」です。分かり易くいえば、「遺体」や「遺骨」を「処理する場所」です。お墓は「死体の処理機能」の一つであるといえます。
その2 日本人だけでなく、地球中に存在する「ヒト」という動物は、自らがこの地球上に存在したという何らかの証しを求める「心情」を持っています。「流行言葉(はやりことば)」風に言えば、「自己のアイデンティティ」の実現といっても良いでしょう。その一つが、カロート(納骨のスペース)であり、二つ目が、墓石や墓誌といって良いでしょう。
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(3) 両墓制は昔からあった!
両墓制って何? 前記の「物理的」処理機能と「精神的」な対応機能の分離のことです。前者を「埋め墓」(捨て墓ともいう)、後者を「詣り墓」とも呼んでいます。
具体的に言えば、我が国でもかつてあったことですが、遺体は谷底などに捨てたり、埋めやすいところに埋めたりして、精神性については「詣り墓」で、住居の近くの日当たりの良く気持ちが落ち着ける場所に「メモリアルタワー(墓石など)」を建てる、といったものです。
こんな葬法(死者を葬る手法、つまり葬送文化)が、昔からあったということです。
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(4) 21世紀型の両墓制とは?
具体的に言えば、99%火葬時代を迎えた我が国では、火葬後のお骨(焼骨といいます)の処理と、精神性つまりメモリー、格好良く言えば「アイデンティティの実現」といっても良いと思いますが、この二つの役割を各々別の方法を考えて発想し、その結果を実現することが出来るようになりました。
このことを私たちは、「21世紀型両墓制」の実現が可能になった、といっています。
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(5) キッカケは何か?
十年ほど前に立ち上がった「散骨運動」が、キッカケを作りました。
散骨には制度上、法律上、いくつかの問題点を抱えていますが、法律の「すきま」を見事について、とにもかくにも焼骨を海にでも山にでも撒くことを、役所(行政)に黙認させた功績は高く評価してよいでしょう。
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自分の気持ちに忠実に「死」を考えたい、しかし、あまりにも世間的な一般常識とかけ離れたことはしたくない…と考える方々も、多勢おられます。
そこで、選択肢が無数に増えたいろいろな墓地を、紹介しておきます。
<墓地の種類>
一般的なお墓
○○家のお墓
「家」墓の発生過程と歴史ですが、まず、昭和20年代後半から「寄せ墓」といわれる墓地の改葬が本格化します。
これには、大きく二つの要因があります。
一つは、墓地の区域が手狭になったことです。土葬が多い農山村地域では、原則として墓は一人一墓でした。ところが、第2次世界大戦の戦死者の増加や人口増加による死者の増加などによって、墓のスペースが不足して来たため、土葬して数十年を経た「骨」のみが残ったもの、また「腐敗途上」のもの(この状態で火葬した)、これらを一ヶ所に集めて「○○家」として、「骨」の部分は「収納スペース(カロート)」を作り、そこに納めました。言い換えれば、「墓地の区画整理」であり、これが進んだ結果、戦後民法で否定したはずの「家墓」を生み出すことになりました。皮肉な話です。
もう一つは、火葬の普及により、「一人一墓」の必要性が少なくなったことです。
そんな理由で、地下部分に「物としての処理機能」を持たせ、地上に墓石や墓誌を建てて「○○家の墓」などと彫刻、さらに納骨されている人々の戒(法)名や名前、死亡年月日等のデータも彫刻することで、墓の持つ二大機能を満足させる文化が定着してきたのです。
一人墓
一基の墓に、家族親族をゴチャゴチャに納骨しメモリーするのではなく、「個人」を強調し、「墓は一人墓」とするという古来の伝統的な葬法を、今日に至るも継承しているケースも、未だ存在しています。
最近では、共に入る人もなく、墓に入るのは自分一人だけだが、個人の墓だけはほしいという強い思いからの「結果一人墓」もあります。
その祭祀や、祭祀に要する経費は、寺や墓地管理者への前払いが多いのですが、最近では、「生前契約」の「決済機構」による預託金システムを活用し、50年とか100年、あるいは七回忌までは個別に管理して、その後合葬墓での合同供養ができるシステムも実現し、既に活用している方々もあります。
二人墓
2003年11月、米国最高裁は同性(男と男、女と女)同士の結婚を認める判決を下しました。米国大統領は、この判断に反発しています。
我が国では、医学上の治療がやっと公的に認知されるようになったレベルであり、法的な「男」と「女」の判断は、未だ先のことです。
「墓」の二大機能の一つは、メモリー、アイデンティティ、つまり「心」の問題です。二人墓は「この世で添えない」「心」を、あの世で成就させようとの画期的な試みです。このように考えると、「二人墓」は21世紀型ライフスタイルを象徴するといえます。
もちろん、いわゆる普通の夫婦でも可能ですし、兄弟姉妹、日本の法律では生きている間は夫婦とは認められない愛人同士でも良いでしょう。
皆で仲良く入る「合葬式の墓」
1980年代後半以降急増したシングルライフの女性の間で、「墓が持てないのはおかしい」、また 「ペアであっても墓の承継者(子どもなど)のない者に、墓処は使わせないのは変ではないか」といった問題意識が台頭したことが、 合葬式・管理費一時払い方式の墓地が出現した具体的な要因でした。
比叡山大霊園の一角の「永代供養墓」が1985年に初めて出現したのを皮切りに、 それ以降いろいろなコンセプトで、文化装置として「皆で仲良く入れる墓」が提案され、具現化していきます。
これらの流れより一世代古いこの種の墓としては、大阪区の「一心寺の骨ボトケ」があり、 今(2003年)に至るも盛況を極めています。この歴史は古く、戦前、戦中のものは第二次世界大戦の空爆により損壊していますが、 戦後十年ごとに、焼骨の骨粉により仏像を建立し、この仏像が今日では、一心寺 の名物ともなっています。
もっと古いものでは、紀州の高野山は墓の名所ですが、 奥の院の弘法大師御廊手前の左手に「六角堂」という、死後血縁者等の「縁が薄い」 人々の最期の砦「お大師さんと同行2人の墓」もあります。(高野山の墓)
その他
80年代後半には、京都浄寂光寺の「女の碑の会の納骨堂」、新潟・妙光寺の「安穏廟」、東京・巣鴨の「もやいの碑」が、 コンセプトも納骨形態も異なっていますが、20世紀末の「墓文化」革命の担い手として脚光を浴びました。
もやいの碑
なかでも「もやいの碑」、そしてこれを運営する「もやいの会」の果たした役割は、著しく大であったといえます。
生涯を人権問題に捧げ、東洋大学学長などを長年務めた故磯村英一博士の、「有縁」結び合うことで生きて来た「人」が死によって「無縁」という扱いをされることは許されない、という強いお気持ちに多くの有識者が共鳴した結果実を結んだ、「葬送文化」革命の実現でした。
21世紀初頭の今日、「もやい」の理念や哲学、そしてこれを具現化した文化装置を含め、今や400ヶ所を超えるといわれる「合葬墓」 「合祀墓」の原点であり、「もやい文化」と称されるほど大きな影響力を持つに至っています。(もやいの碑、もやいの会)
新時代のメモリー
ニュージーランド・クライストチャーチの散骨メモリータワー
ニュージーランドは、原則として撒骨自由の国です。あの自然の美しさの中に、 永遠に「生」(アイデンティティの実現)を宿しつづけることを可能にしたのが、「りすシステム」によるニュージーランド撒骨です。
毎年、日本の冬、ニュージーランドの夏(1〜2月頃)に、 「ニュージーランド撒骨と自然の旅」を りすシステムで企画しています。(インフォメーション)
サイバーストーン
サーバーストーンの原理は、多少古臭い表現でいえば、「霊肉分離論」です。
既に述べているように、「肉体」つまり亡骸の処理を、いくつかの選択肢の中から選んで行った上で、 メモリー(アイデンティティ)の部分をコンピューターシステムを駆使して、半永久的に維持しつづけること、並びに保存された情報を、 死者の尊厳とプライバシーを護りながら、身近な人々に加え社会や時代を超えて、 その人の生き方や死者の自分史を後世に遺すことを目的として出現したものです。(サイバーストーン)
御髪塚(おぐし塚)
我が国では古来より、毛髪にはその人の「いのち」が宿っていると考えられ、刑法上の墳墓発掘罪などの対象物にもなっています。
21世紀の御髪塚は、今日までの毛髪の持つ精神性に加えて、 DNA保存という具体的な「生物的生命」の未来への存続という意味があります。 (御髪塚)
新時代の亡骸の処理
合葬墓
今日では最も一般的な方法です。
撒骨
一つの選択肢であることは否定しませんが、「焼骨」の成分に、法律が定める公害物質が含まれている可能性が、極めて高いことが指摘されている現状のもとで、全量撒骨には問題があります。
カドミウム、水銀、六価クロム、ヒ素など残留性の高い公害物質を、永遠に地球に還元するという考え方はいかがなものでしょうか? 国民的議論が求められています。
りすシステムのニュージーランド撒骨については、撒骨量50g以下、 日本の産業廃棄物に対する公害基準を満たしていない、焼骨粉の撒骨はしない、との当事者間の契約があります。
りすシステムでの撒骨事例は、当然この条件を満たしているものだけです。
火葬場で骨揚げしない ―ヨロシクとお願いする―
全国どこの火葬場でもOKという訳ではありませんが、多くの火葬場ではお願いすれば聞き入れてくれます。
いわゆる墓地に納めるため、有料のところも一部ありますが、おおむね現在のところ無料です。
将来的には有料にすべきだと思います。何故ならば、残骨やそれに関する残滓を処理するのに、 火葬場自体にもお金が必要ですし、その先の処理業者も公害除去工程を厳格に適用すれば、相当の費用がかかることは、皆さんも理解できると思います。
撒骨のために、焼骨を粉にしてくれるところが出現します
設備の開発に成功し、具体的な運用方法などは準備中で、東京都内の火葬場で、2004年春頃から利用できるようになります。
この場合、お骨の粉を全部欲しいと言えば引渡してくれますが、 公害の問題や撒く地域の人々の迷惑を考えて、適切な量だけほしいという方には、そのようなサービスも行うと聞いています。
身近な人のお骨でペンダントや仏像、マリア像などを作るサービスもはじまります
人間の焼骨の融点(固体から流体へと変化する温度)は約1600℃です。融かした骨の流体を型に流し込む方法と、 粉状にした骨粉で成型する方法があります。これも、2004年春頃から実用に入ります。
まがい物が出回っていますが、特許等の権利を持っている人があり、そのグループが実用化していく予定とのことです。
火葬場での残骨灰の本格的処理システムの普及と処理料金の適正化
「火葬場」という「場」から排出される残滓は、間違いなく「産業廃棄物」であるというのが、 私(松島如戒)の見解です。したがって、法律に則った処理をするのが当然ではないでしょうか。
その取組みは、市民レベルで始まっていますので、期待し協力していきたいと考えています。
最大の問題点は、火葬場が支払う処理費用が、非常に安価に抑えられていることです。これは、火葬料の安さが転嫁されていると考えられます。
地球人である私たち日本人にとってかけがえのない地球を、公害物質で汚さないための努力は不可欠です。
5年ほど前には「循環型社会法」という法律が成立し、施行されてはいますが、 この法律の理念を考えた識者、それを明文化した行政マン、ましてやこの法律を審議し「法律」にした国会議員諸侯に、 「自分自身」の肉体に公害物質が存在し、自らが地球を汚していると認識した人は一人もいない…といったら過言でしょうか。
人の焼骨の主成分は?
水分ゼロの状態では、燐(P)とカルシウム(Ca)だけで90%を越えます。
世の中に科学者(理系)は沢山いますが、こんなに身近で大切なことを研究テーマにしている人は皆無といって良いでしょう。
私は実践家で、科学者ではありませんが、素人「葬送科学研究者」として可能な限り実験を積み重ねながら、社会に対しいろういろな提案をしています。
同じ志をお持ちの専門家そして実験用サンプル提供のご賛同とご協力を期待しています。
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