■りす倶楽部第138号 2005年12月


残された骨への思い
社団法人長寿社会文化協会 企画・編集室長  水野 嘉女

ディック・フランシスというイギリスの作家をご存知ですか?ハヤカワ・ミステリ文庫で競馬シリーズ38冊+1冊発行。私はこの作家が大好きで、全巻読破しています。プラス1冊は自伝『女王陛下の騎手』。おわかりのように、彼はかつてヨーロッパで大活躍したジョッキーでした。そのなかの1冊『直線』は、デリックという主人公(騎手)の唯一の肉親である兄が殺され、その謎解きに挑むという話ですが、その中にとても印象的なエピソードがでてきます。
葬儀屋と火葬場の係員とデリックの3人だけの葬儀の後、支払いをすませて帰ろうとする彼に、係員が「兄さんの灰をどうしてほしいか」と聞きます。デリックにとって、灰の扱いはいつも困った問題でした。そして彼は言います。「あなたのところに赤いバラの木があれば、それと並べてもう一本植えていただけると好都合です。灰は、その根元に埋めてください」と。そして彼は、バラの木の代金を払って立ち去ります。
つい先日の日曜日。見るともなくみていたテレビで、岩手の片田舎にある高橋千三さんという人のお墓を、毎年一度見ず知らずの人々が供養しているという話を取り上げていました。母ひとり子ひとりだった千三さんは、太平洋戦争の末期、徴兵され、戦死。小さな骨が一つ帰ってきました。母は、その骨をいとおしみ、自分が死んだ後は、通りかかった人たちが供養してくれるようにと、苦しい家計をやりくりして道端に墓を建てました。墓石には「南無阿弥陀佛」とだけ彫って。偶然にその母の手記を読んだ人の呼びかけで、毎年一度「千三忌」を開くようになったというのです。
死者の残した骨一つとっても、人々の意識はこんなにもちがいます。私は、どうしてほしいのだろうと時々考えますが、結論はなし。しかし先日、友人夫婦に誘われて、彼らの親の墓参りに小諸まで行きました。お線香をあげて、手を合わせ、そのあとで彼女が明るく言ったのです。「私たちはこのお墓に入ることにしたから、もう安心よね」と。その力強さに圧倒された一日でした。


ニュージーランド撒骨の旅
Lissシステム代表 松島 如戒

1. 撒骨から学んだこと

(1)ニュージーランド撒骨の旅も、今回で4回を終えた。
2002年の第1回は、クライストチャーチ市カンタベリー霊園内のローズガーデンの一角に建立した、ブック型墓標の除幕式典を催した。元日本公証人連合会会長で決済機構監事の柳川俊一先生ご夫妻に除幕をしていただいた。
翌2003年には、リトルトン港より船をチャーターして「くじら岩」といわれている風光明媚な海上に、亡くなられたお一人の撒骨をした。
3回目の2004年は、幸いにも撒骨される方はいなかったが、ローズガーデンを訪れ墓参りをするなど、有意義な旅となった。
4回目の今年は、大阪在住の50歳という若さでみまかった女性のお骨を、前回と同じ海上に撒骨した。
(2)撒骨の方法などについて、ギリギリまでスタッフ間で議論を尽くした上で実施した。
生前契約があるのに何を議論するのかといぶかる向きもあろうが、実はニュージーランドの海に撒骨するとは決めてあるが、詳細について決めていないケースが多い。現在32名の方がニュージーランド撒骨の登録をされており、2人は既に撒骨を終えたが、30名の方について具体的なことを決めていただくことの必要性を実感した、今年の撒骨であった。
(3)細かなことについての自己決定と約束がない場合は、民法上の善良な管理者の注意義務と、その方の思いやライフスタイルなどに十分配慮した方法を選択することになる。
2年前の撒骨ではご本人の意思で匿名としていたが、今年の撒骨についてはご本人の生前意思により、情報を公開することができた。
したがって、本人の氏名やプロフィールなどを、旅に同行したりすシステムとの契約者やスタッフに紹介して撒骨者の生前の思いや価値観などを共有することができた。
(4)撒骨のための準備
まず撒骨する焼骨の重量は20グラム、ブラシで焼骨の付着物を丁寧に除去した上で、この焼骨を粉砕する。その際、可能な限り細かくする。海の場合は多少の粗さは許容されるが、地面の場合は撒骨後の土中での分解、吸収などの視点から、特に留意しなければならない。
海への撒骨の場合、りすシステム流は撒いた焼骨粉が飛散しないよう、0.5〜1グラムをオブラートに包み、色付けした和紙で装飾する。
さらに重要なことは、撒骨した以外の残された焼骨の処理である。
りすシステムの場合は、功徳院と契約し、この寺の納骨堂に納骨する。これらについては、前月号で紹介したので参考にされたい。
(5)撒骨のやり方
今回のケースでは、スタッフの一人が故人の人となりについて紹介した後、私(松島)が最初に、予め用意した花弁と一包みの焼骨に思いと祈り込めて、クライストチャーチの吸い込まれるような碧く美しい海へ撒骨した。
続いて参加者全員が、自らの人生を重ね合わせる者、共感・共鳴する者、それぞれの思いと祈りを込めて撒骨した。
りすシステム撒骨生みの親ともいえる、牧師で葬儀会館マネージャーのデイビッドさんも撒骨してくれ、さらにチャーターバスのドライバー、ポールさんも参加してくれた。
(6)撒骨者ご本人とたった一度も会ったこともなければ、噂にさえ聞いたことのない、見ず知らずの人の撒骨に、多くの参加者が感動の涙を流した。もちろん、涙腺のゆるんだ私も涙した。
なぜこんなことが起きるのか、もっともらしい理由づけや詮索は無用。それは、その場に居合わせた者のみが感得できる、人が人であるという証なのかも知れない。
(7)このように書いてくると、りすシステムのニュージーランド撒骨はこの方法しかないのか…との誤解を生むことをにもなりかねないので、敢えて一言。
既に述べたように、このケースは個人情報(どこの誰でどんな人)の開示が許されていたことに加えて、詳細な撒骨方法が決められていなかったための結果である。
したがって、詳細についての定めがあれば、それに従うことは当然である。
但しりすシステムの場合、「撒く」という行為について、その手間賃などの積算をしていないので、仲間たちの旅のつれづれに…ということになる。
もちろん、時期、場所、その他特段の定めがあれば、それに要する費用は自己負担とするのは当然だと理解していただきたい。

2. 戦争博物館の見学

ニュージーランド撒骨のきっかけを作り、その後の撒骨について一から十までお世話になっているのが小谷みどりさん(第一生命経済研究所主任研究員)。その小谷さんの配慮で、今回ニュージーランド最大の都市オークランド(人口140万人)の博物館を訪れる機会を得た。ここは、一階に原住民であるマオリの人々の住居を移築、再現している他、100人乗りといわれる手漕ぎのカヌー、ニュージーランドの自然や歴史などについて、豊富な資料とセンスの良いディスプレイで見学者を引き付けている。
この博物館のメインテーマは、二度の戦争の実態を様々な方法で再現していることである。ゼロ戦もあり、日本軍の鉄砲その他さまざまな兵器、戦争をしている兵隊の日常の暮らしも表現されている。
戦争で犠牲になった人の大理石に刻まれた銘板は涙を誘うとともに、不戦を決意させる迫力がある。
さらに第二次世界大戦の戦勝国のトップリーダー、トルーマン米国大統領、チャーチル英国首相、スターリンソ連首相に加えて、敗戦国日本の東条英機首相、ドイツのヒットラー、イタリアのムッソリーニ、計6名の戦争指導者の実物大のパネルも展示されている。ここの展示手法に嫌味がなく、戦争の悲劇を淡々と伝えていることに、私は感銘を受けた。
現在は首都ではなくなったとはいえ、この国最大の都市であるオークランドの中心部に、「戦争と平和」を学習する場を設け、次代を担う子ども達の教育の場として活用している、そんな政治や教育のあり方が、恒久的平和を願うニュージーランドの人々の思いを具現化していると、私は感じた。

3. 風化させてはならない
「戦争体験」

戦争体験は日々風化している。靖国神社参拝問題の取組や、新たな慰霊施設建設論議を無用とは言わないが、慰霊の前に戦争の現実を知ることが必要ではないか。戦争を知らない政治家が増えて、戦争の悲惨さや悲劇に思いを馳せることのない立場で、憲法改正論議がこともなげにすすむ現実を、私はとても恐ろしいと思っている。
戦争を情緒的に語ることで、平和は達成されない。冷静且つ客観的、論理的に戦争とは何かについて学習する機会や、場づくりが求められているのではないか。
そんな立場から、現在各地に建設されている戦争資料館をネットワーク化するとともに、首都東京に本格的な戦争博物館の建設を提唱する。
と同時に、戦争を直接的間接的に体験した人々が多数集まっている「もやいの会」や「りすシステム」として、18回目の12月8日を迎える今、何が出来るかについても真剣に考えてみたい。

4. 今年も残り少なくなりました

寒さも日々厳しくなっていますので、くれぐれもご自愛の上、輝かしい新春をお迎え下さることを祈っています。
合掌



ニュージーランドの洋上で
大分支部 釘宮 恭子
11月23日、ニュージーランドの大自然の中で、太陽や風やイルカたちに見守られながら、撒骨のセレモニーは行われました。
チャーターしたクルーザーのデッキの台の上には、二つの箱が並んでいました。
可愛いリボンのかけられた箱の模様は真紅の薔薇。薔薇を愛した詩人リルケの墓に咲く、薔薇の色にそっくりでした。
この箱の中には、撒骨を望まれた故人の遺骨(パウダー状にしたものを少量づつ、オブラートと自然に還元するペーパーで包まれていて、まるで小さな薔薇のように思えました)が納められておりました。
もう一つの緑の箱には、ニュージーランドの山に残る雪のような白い薔薇の花びらが入っており、そのアレンジメントの素晴らしさに驚かされました。
これらの演出は、ニュージーランドの撒骨に第一回からプロデューサーとして参加されている小谷みどりさん(第一生命経済研究所主任研究員)のアイディアで、ご友人のデイビッドさんと前日、クライストチャーチで選んでこられたものでした。
スタッフが、今回のセレモニーに都合がつかず参加できなかった故人のご友人が書かれたメッセージを、ゆっくりと語りかけるように読みあげました。
故人の生まれ故郷、その人となりのエピソードなどを聞くうちに、話に引き込まれ、情景が目に浮かび、
なんだか自分も故人とそのお友達とも知り合いだったような気がしてきました。
依頼された方と演出された小谷さん、りすシステムのスタッフの見事なコラボレーションによるセレモニーは粛々と進み、いよいよ撒骨の儀式です。

柔らかく握った両の手をそっと開くと
故人の小さな分身の包みと花びらが
まるで今案で捕らわれていた蝶が
潮風に乗って舞い上がるように
自由になった喜びを表しながら
飛んでいった
南半球の海に舞う蝶の群れ……
いっとき波の上で揺らめいて
「サヨナラ」と消えていった……

船縁を叩く波の音を聞きながら、ご満足されたであろう故人のご冥福と、この聖域が永遠にこのままであることを祈り続けました。
涙と感動の醒めやまぬ私たちの前に、突然現れた2頭のイルカ。
クルーザーに並ぶように寄り添って泳ぐイルカは、まるで「安心して!僕たちが守るからね」と言ってくれているようでした。
心あたたまるセレモニーと大自然の偉大な演出に、再び「感動と歓喜の涙」があふれていました。
このような貴重な体験をさせて頂いた松島代表、準備に多忙を極めた小谷さん、デイビッドさん、スタッフの方々、参加くださった皆様に、感謝の気持ちをこめて、「ありがとうございました。」


LiSS活動記11月各支部業務報告
東日本支部業務便り

7日 横浜説明会、相談会。9日 長野県庁社会部の取材。10日 九段説明会。15日 契約相談会。17日 法律相談。18日 りす倶楽部11月例会(筑波紅葉狩り)。19日 なんでも談話室。21日 横浜説明会。24日 すがも説明会。28日 共同通信取材。29日 保険相談。東日本支部スタッフ学習会。
何かと気忙しい師走ですが、無理をしないでゆとりをもって心身の健康に気を配り、お元気で新年をお迎えください。

結婚一周年です。今、最高に幸せです。

昨年の8月のりす倶楽部掲載の「私たち結婚しました」の記事、ご記憶ありますか?
お二人の結婚一周年を祝う会が中華街でおこなわれ、私たちスタッフも招待されました。
お元気で、穏やかな表情を拝見して、安堵いたしました。記念として指輪とネックレスをお互いにプレゼントなさったそうです。私たちも幸せのお裾分けを頂きました。いつまでもお元気で、お幸せに!

北日本支部

4日・富谷町保健福祉課訪問 7日・仙台例会/面談 15日・公正証書作成/面談 16日・生前サービス 17日・面談 18日・「高齢者の財産管理」学習会参加 21日・説明会(於:仙台市シルバーセンター)参加者7名 25日・生前サービス 28日・生前サービス。
施設見学をする機会を10月末から11月にかけて数回与えていただいた。新設され料金が有料老人ホーム並みのケアハウス、一階にレストラン(食堂?)と在宅介護センターが設置された高齢者向け賃貸住宅、外出が制限されている有料老人ホーム、生活支援サービスに関してはほぼ別料金が設定されているケアハウス、各人が町内会に入会し回覧板が回り地域に溶け込んでいるケアハウス、設備はゆったりとした広さですが公共の交通機関は1日に5本のバスだけのケアハウスなど驚きと発見が数多くありました。
今までの人生における価値感とこれらの条件がある程度一致しなければ入居したくはないでしょう。元気なときにはまだ大丈夫だからとゆっくり探せるのですが、年齢を重ねてくると体調などの理由から急を要する場合が出てくることもあります。有料老人ホームに入居が決まったのですが、健康状態が思わしくなく入居が認められない事例にもであいました。
あまり先のことを心配するのもいかがなものかと思いますが、機会があれば各施設の質や経営理念などを知るのも安心の一つかもしれませんね。
何はともあれ、心と体の健康が一番です。どうぞおすこやかに新年をお迎え下さい。

中部日本支部

今月は、これまでと違った生前サービスの機会がありました。
移動がままならない利用者の方が、お世話になった友人の結婚式に感謝の意を込めてサックスの演奏会をプレゼントしたいのでと、そのお手伝いをすることになりました。
披露宴の中と、二次会はお祝いコンサートという形でした。
利用者の方が以前コンサートを聴いて、もう一度聴きたいとアプローチされた横浜の演奏家と、地元の男性四人組とのセットでした。
お手伝いをしながら聴かせていただきましたが、宴も演奏もそれは素晴らしいものでした。
同じ日に面談と説明会があり、東京からの応援も得て、やり繰りできました。
下旬は特別養護老人ホームの入所申し込みのお手伝い。
待機の方も多いため、なかなか優先順位が上がってきません。必要度は高いと思うのですが、面談申し込みでよくよく事情をお話してまわりました。この度、合計で八件の申し込みをしました。
忙しそうなところ、ゆっくり話を聞いていただけたところ、定員が少なくなかなか空きがないところなど、さまざまです。優先順位の確認や、その他手続きだけではない後押しも必要だと感じました。
月末には、手術の付き添い、術後の安否確認を行いました。六時間もの手術と麻酔の覚醒が遅れましたが、お元気な顔とおしゃべりで安心しました。

西日本支部

11月16日りす倶楽部・例会「大阪市内歴史建造物散策とミニ懐石料理」を実施しました。当日は快晴でとてもすがすがしく散策には最適な気候となりました。都会のまっただ中にまだこんなに古い建物が残っていたの?と思うほどレトロなビルが近代的にそびえ立つビルの合間にポツンポツンと建っており、それらが現役で喫茶店やブティック、事務所などに利用されていることにビックリしました。
ほとんどのビルが大正から昭和初期にかけて建てられたビルで、高谷アドバイザーの説明と準備資料を見ながら、みなさん「わっ。私と同い年のビル」「まだまだ現役で頑張ってるんやねぇ〜」などと感慨深げでした。また北浜レトロビル(写真)の1階はとても良い雰囲気の喫茶店だったので、「予定を変更して、ここでお茶してもいいねぇ」という意見まで出ていました。
約1.5dの道のりを1時間程で見て回り、有名料亭の吉兆が経営する「茶寮・正月屋」へ。しかし、予約時間よりも30分早く着いてしまったために、まだ席が空いておらず、ビルの2階にある湯木美術館で「鈍翁と耳庵の風流」という茶碗と書の展示を見学しました。その後、お待ちかねの「季節のミニ懐石料理」を堪能しました。
今回の例会でq参加者の半数以上が今回はじめての方たちだったので、交流が広く深くなったwみなさんのご希望がグルメ志向とわかったので、来年は大阪市内または近辺で四季折々のグルメを堪能できる企画を検討します。

高谷 善雄

中国支部

中旬に秋の例会を三滝寺で行ないました。
三滝寺は、広島駅から電車で7分のところにありながら多様な植物の自然な姿が見られるところです。
小高い山をバックに境内には多宝塔を初め三つの滝、石仏、供養塔、文学碑、モリアオガエルの棲む池など……
紅葉のシーズンで、とても人が多かったのですが、私達一行の5名、流れ落ちる滝の音、色とりどりの紅葉を見ながら、しばし移りゆく秋の色をたのしみました。

四国支部

12月に入り、四国地方も急に寒さを感じるようになりました。西日本最高峰の石鎚山(1982m)は積雪で真っ白となり、街行く人々はコートで身を包み忙しく行き来しております。年末ということであわただしさを感じております。
利用者の皆様も、この冬はますます寒くなって参りますので、どうかご健康に気をつけて新年をお迎えください。
11月の対外的な業務は次のとおりです。17日午前、西条市役所・西条市社会福祉協議会訪問、午後西条市内において、なんでも相談会(説明会)を開催しました。

九州支部
今月は生前サービスが多く発生しました。
まず、決済機構理事高森弁護士への相談付き添い、シニアマンション入居契約立ち合い、病院受診付き添い。そして、退院が予定されている利用者に代わり、主治医・主任ナース・ソーシャルワーカーによる退院指導を受けました。  それは、退院後の生活や食事等に関する注意点でした。それを受けて次は、食事の宅配業者選びに入りました。業者によっては、大まかな病名毎にしか作っていないのですが、希望通りに作ってくれる業者が見つかり早速来てもらうことにしました。今度は、利用者・主治医・食事宅配業者の席に同席。主治医が塩分・カリウム等の数値を指示、退院の翌日から配達してもらうことになりました。その後、在宅介護事業所のケアマネージャーに加わってもらい、生活支援協力の要請をしました。自宅で過ごしたいという利用者の希望通りの生活、早1カ月が過ぎようとしています。
21日からは、ニュージーランド旅行に同行しました。私自身初めての体験をたくさんさせていただきました。中にはリピーターもおられましたが、この旅行で自信をつけられた利用者がたくさんおられたことがとても印象的でした。
そして、いろいろな面で勉強の必要性を感じた7日間でもありました。
小谷さん、ありがとうございました。そして、参加された皆様、お疲れさまでした。
大分支部

大分県社会福祉協議会では、「支えあうまちづくり」事業の一環として、今年度から新たに高齢者の「見守り隊」事業に取組んでいます。担当課長さんに話を聞きました。
それによると、少子高齢化、過疎化が進み、地域では高齢者の孤独死や災害時に高齢者や障害者をどうするか…などが課題となっているなかで、隣人や民生委員、ボランティアなどの支援者に、電気、ガス、水道といったライフライン関係者も加えた幅広い住民ネットワークをつくり、声掛けや見守り活動を通じて安心して暮らせる地域づくりを進めるということでした。
今後の活動として、地域や既存の支援者の状況に応じて、新たに必要な協力者を加えた「あんしん見守り隊」を結成し、ニーズや問題点を早期に発見するとともにその後の相談への対応や必要なサービスの提供につなげていきたいとしているそうです。
これまでもテレビや電話装置等による見守りをはじめさまざまな見守り活動が行われてきたが、人間関係の希薄化やプライバシー保護等の理由から、見守りを望まないという人もいるという話。このため、日常的な接触がある郵便や新聞配達の人、個別点検に訪れるガスや水道、電力会社などの人にも見守り隊の構成員になってもらうというのがこの事業の特徴だとか。
県社協では、この事業を通じて、「災害救助も含め、地域のあらゆる課題を解決するための基盤をつくりたい」と話していました。
説明を聞きながら、高齢者等の安心のある生活のお手伝いする「りすシステム」としても、身元引受や後見など「りすシステム」のサービスを通じて緊急事態が生じた際、「何らかの形でこうした活動に連携や協働ができたら…」と思った次第です。

11月10日(木)、大分公証人役場にて、支部第1号の公正証書の作成をしました。ご本人も公正証書作成が無事終了しホッとされたようなご様子が印象的でした。
また、11月16日(水)には説明会を開催。8月に載った地元新聞の支部開設記事の切抜きを持って遠路、県南のある町からわざわざのご参加。嬉しい会となりました。
次回も第3水曜日に開催を予定しております。皆さまのご参加をお待ちしております。



(りす倶楽部事務局)

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